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 ホオノキ

モクレン科
モクレン属
高木,高さ15~20m3);落葉;雌雄同株
葉:
広葉,単葉(柄があって互生し,枝先に集まる,長さ20~30cm,幅10~15cm)3)
花:
両全性;径15cm;萼片3個,花弁6~9個(長さ6cm),雌しべ多数,雄しべ多数3)
実:
集合袋果(長さ15cm);1個の袋果に2個の種子(種子は赤い仮種皮に包まれる)3)
芽:
鱗芽(鱗片は1個)

芽鱗の数は1個と説明されることが多いようですが,私は「3個(なのかも知れないネ)」と思うようになっています。〔2017年5月10日〕

2014年6月5日,三ノ峠山 

このページで「 1)2)3)」のような番号を付けて示した本のことは,ページの最後にまとめて示しました。
この色でぬった枠のなかに貼ってあるのは,長岡市の中のことも外のこともありますし,新潟県の中のことも外のこともありますが,この植物園では「ない」ところで撮った写真です。

いろいろな木や草が,1年のあいだにどのようなことをしているのかが気になって,少しまえから,木や草の種類ごとに,これまでに撮った写真を月日の順に列べたページを作っています。

ところが,そのページに貼ってある写真のほとんどは山を歩いているときに,あちらで1枚,こちらで1枚のように撮ったもので,1本の木や1本の草を1年間にわたって撮りつづけたというものではありません。

写真を撮ったところには標高のちがいや日あたりのよしあしがあったり,写真を撮った年には暑さ寒さのちがいや,雨や雪の多い少ないがあったりしますので,写真を撮った月日が同じだからといって,写真に写っている木や草の姿が同じになるとは限りません。春に,どこそこの桜が「まだ」だとか「ちょうど」だとか「もう」だとか,秋に,どこそこの紅葉が「まだ」だとか「ちょうど」だとか「もう」だとかいっているのと同じことが,どんな木や草にも起こっているようです。

草や木が1年のあいだにしていることは,写真を月日の順にならべただけでも大よそのことは解るのですが,もう少しちゃんと解る方法はないだろうかと考えて,月日の順というのは止めにして,どうやら「こんなことを(しているらしい)」と考えながら写真を列べてみることを思いつきました。下手の考えナンとやらですので,ちゃんと列べられるものかどうか判らないのですが,「ダメもとで(やってみるか)」という考えです。

というわけでこのページには,そんな考えの手はじめとして,ホオノキが「していること」の順になるように写真を貼ってみました。

この葉っぱをクリックすると,ホオノキの写真を集め,撮った場所や年のことは気にせずに,撮った月日の順に列べたページに移ります。(新しいウィンドウをひらきます。)


ほかの枝先では,大きな白い花が「そろそろ(咲きはじめようか)」というころなのですが,この枝先では,葉っぱだけが広がって,そのまん中に来年の春のための芽らしいものができていました。芽とはいっても,まだ生長中のようで,もっと大きくなってから(たぶん,夏の終わりごろに)冬を越すための休眠に入るのだろうと思います。

5月20日(2016年) 長岡市学校町

ホオノキは,葉芽と混芽というふたとおりの芽を作るようですが,左の写真を見ても,そのどちらなのかは(少なくとも私が見るかぎりは)分かりません。ちなみに,混芽というのは,ひとつの芽のなかに葉っぱになる部分と花になる部分の両方を持っているタイプです。

上の写真と同じ芽の3週間ほど後の様子を撮ったのですが,芽の表面になっていた「ひとかわ」が剥がれてきました。

7月12日(2016年) 長岡市学校町

この「ひとかわ」が芽(の一部)なのか,芽の上に付いている(芽を被っている)ものなのかはよく解らないのですが,芽(というシュート)の下のほうにできたもののように見えますので,それならば,低出葉といわれるもので,それが芽を被っているのですから芽鱗ということになるのだろうと思うようになりました - ついでながら,芽の一部かどうかということについては,芽の一部というよりも,芽を被っているものなのだろう(つまり,芽の一部では「ない」)と思うようになりました。

とはいうものの,「もの」として考えれば芽鱗なのでしょうが,芽を守る(とくに冬の寒さから)のが芽鱗の仕事だと考えると,冬にならないうちに剥がれて落ちてしまったのでは,それらしくないような気がします - この「ひとかわ」ってナンなんでしょうか? 芽鱗を冬(だけ)のものだとは考えず,季節に関係なく芽を守るものだと思えば,芽鱗のなかには,夏の暑さや乾燥から芽を守るものがあってもよいということになりそうです - 我ながら,ホントかナーとも思うのですが。

いずれてにしても,この「ひとかわ」は芽の成長に追いつけず,昆虫が脱皮しながら大きくなるように(というのが良いたとえなのかどうかは判りませんが),芽鱗としての仕事を切りあげてしまったのだろうという想像になりました。

ところで,このような「ひとかわ」がこの枝先だけのものかというと,そうではなくて,このようなことをしている芽は,あちらにもこちらにもありました - ホオノキの芽というのは,ごく普通に,このようなことをするのだろうと思います。

この2枚も上の写真(5月20日,7月12日)のつづきですが,芽は,それと分かるくらい大きくなっていました。形も少し変わったようでした。

左: 7月20日(2016年)
右: 8月12日(2016年)
どちらも長岡市学校町(同じ枝先)

左の写真(7月20日)と右の写真(8月12日)のあいだに,「ひとかわ」が剥がれたり落ちたりしたかということは,なぜか何週間ものあいだ見にゆくのを忘れていたために,確かめることができませんでした。

ところで,上の2枚(左右)の写真のように,今年の枝は大して伸びず,今年の葉っぱが枝先に集まっている* のとはちがい,今年の枝のなかにはグングン伸びて,おまけに側枝まで伸ばしているものがありました。そのような枝の写真を下の2つの葉っぱにリンクしました。

この葉っぱをクリックすると,7月20日に撮った写真に替わります。
この葉っぱをクリックすると,8月12日に撮った写真に替わります。

このようなちがいは短枝と長枝ということで説明できそうに思うのですが,どうでしょう?

* 遠目には輪生のようにも見えるのですが,このページの写真でも分かるように,ホオノキの葉序は互生です。

来年の春のための芽が,色はあまり(というよりも,ほとんど)それらしくないのですが,冬芽(休眠芽)と変わらないくらいの大きさになっていました。もう休眠状態になっているのか,まだなっていないのかは,確かなことは分かりませんが,私の想像は「もう」のほうに傾いています。

8月29日(2009年) 悠久山

このあと,ホオノキには,秋の初めに実が熟し,秋の終わりに葉っぱが落ちるという大きな変化があるのですが,芽の形や大きさということでは,写真を見くらべただけでわかるような,大きな変化はありませんでした。

冬芽の,色といい形といい,いかにもそれらしい姿です。芽の表面に見えているのは,あまり「鱗」という感じではありませんが,芽鱗です。

2月6日(2011年) 三ノ峠山

私の「教科書4)」に「鱗片葉」のことが書いてあるページがあって,そこには:

光合成をおこなわず,普通葉よりいちじるしく小型となった葉を鱗片葉という。ただし,鱗片葉が芽をおおう場合は芽鱗

というのだという説明がありました。

ホオノキの芽鱗は,サクラやナラの木で見なれた,いかにも「鱗」という感じがする芽鱗に比べるとずいぶん大きいですし,数は少ないのですが,「芽をおおう」という仕事をしているようですので,「やっぱり芽鱗(ということになるんじゃない)」という考えになっています。「普通葉よりいちじるしく小さい」というところも,ホオノキの葉っぱの大きさ(長さは20~30cm,幅10~25cm3))を思いだし,「いちじるしく」という修飾を少し割引して考えれば,「そういうことに(なっている)」と思うこともできそうです。

ウェブでも,この部分を芽鱗と呼んでいる人が多いようでした。ちなみに,芽鱗の数は,これもウェブページの斜め読みで仕入れたことですが,2つの鱗片葉がくっついて1つのように見えているというのだということです。

この葉っぱをクリックすると,地面に落ちていた芽鱗の外側を撮った写真〔2011年4月24日,悠久山〕に替わります。芽鱗の先が2つに割れていたり,元のほうで2つの葉脈(主脈,中肋,中央脈)がくっついているのを見ると,「2つの鱗片葉」が1つの芽鱗になっているように思えてきます。
この葉っぱをクリックすると,地面に落ちていた芽鱗の内側を撮った写真〔2011年4月24日,悠久山〕に替わります。内側を見ても,「2つで1つ」のように見えます。

春になり,芽がふくらんで芽鱗がはがれ,落ちそうになっています。

4月12日(2008年) 悠久山

芽のなかには,芽鱗の剥がれかたが,左の写真とはちがうものもあるようで,そのような芽の写真を下の葉っぱにリンクしました。

この葉っぱをクリックすると,芽鱗の落としかたが,左の写真とはちがう芽の写真〔2008年3月2日,悠久山〕に替わります。

この写真がこのあたりに入ることは,まずまちがいないと思うのですが,困ったことに,この芽がなにをしているところなのかがほとんど分かりません。

4月12日(2008年) 悠久山

まん中の部分は,この芽が葉芽なら葉っぱに,この芽が混芽なら葉っぱと花になる部分だとは思うのですが,その両側に付いているものの正体が見えません。写真を見なおすたびに,左側については「葉っぱ(なのかも知れないね)」とか,右側については「芽鱗(なのかも知れないね)」という想像になるのですが,そんな想像は生まれてから数秒もすると,決まって「なんだかナー」という感想に変わってしまいます。
左上の写真について,またひとつ,つぎのような想像が生まれてきました - この想像には,ちょっと自信を持ってもよさそうな気がしています。

枝先に付いている3つの部分はそれぞれに:

まん中
芽の本体で,中には数枚の葉っぱが入っています。(この芽は葉芽で,蕾は入っていないように見えます。)

右側
この芽を包んでいた2枚目か3枚目(たぶん3枚目)の芽鱗です。1枚目の芽鱗に代わって,しばらくのあいだ芽の表面になっていたようですが,すでに芽の本体から離れています。

左側
芽のなかから出てきた1枚目の葉っぱで,裏側(背軸側)を外側にして二つ折りになっています。葉っぱには大きな托葉が付いていて,芽の本体を包んでいます - つまり,葉っぱと葉っぱのあいだに大きな托葉が挟まっていて,その托葉が落ちないとつぎの葉っぱが見えてきません。たとえば,1枚目の葉っぱの托葉が落ちると,2枚目の葉っぱが見えてきて,2枚目の葉っぱの托葉が落ちると3枚目の葉っぱが見えてくる,ということをくり返しながら,芽のなかにある葉っぱをつぎつぎと開いてゆくようです。

2017年5月10日
ここには葉っぱが開いてゆくところを撮った写真が欲しいところで,それがあれば,上の写真の「解釈」もだいぶ進むだろうと思うのですが,そのことに気づいたのは,今年の葉っぱがすっかり開き,花の準備も始まってからのことでした。

写真を撮る間隔が4月から5月にかけてのひと月ちかくというのは,その季節に植物がすることの手際のよさを考えれば,やはり長すぎたのだろうと思います - この期間を埋めるには,今年はもう「あとの祭り」ですので,来年の春を待つしかなさそうです。

枝先の葉っぱが開いて,その先に付いている蕾が大きくなってきたところです。このころの蕾は1枚の鱗片葉に包まれていて,蕾の本体(まず見えてくるのは萼ですが)はまだ見えていないのだと思います。

5月9日(2016年) 三ノ峠山

この写真の右下の部分を埋めている葉っぱと,その上に付いている蕾がひとつの芽(混芽)のなかに入っていた(というよりも,混芽そのものだった)わけで,ホオノキは芽も大きいですが,芽から出てきた(というよりも,芽が変身した)ものの大きさというのは,とてつもないものだという気がします。

2月6日(2011年)の写真のところで引用した鱗片葉の説明4)は:

花芽を腋にもつ場合は(苞葉)...というそれそれ特殊な呼称をもつ。

のように説明されていますので,左の写真の状態は,花芽(というよりも,もう蕾だと思うのですが)が苞に包まれているところだろうと思います。苞の下端が花柄をすっかりとり巻くようになっていますので,「花芽を腋にもつ」というときの一般的なイメージからズレてしまうのですが,「そういわれれば(そう思うこともできそうだ)」という感想にもなってきました。

ちなみに,「教科書3)」のホオノキのページには:

つぼみは緑色大型の1個の鱗片に包まれる。

という説明がありました。

「緑色」というのが,左の写真の蕾の表面の色(淡い紫褐色)と少しちがうのが気になるところですが,植物の色というのは,その木,その草の個性の出やすいところだと思いますので,あまり気にしないことに決めました。

蕾がふくらんできましたが,まだ苞(紫褐色の部分)に包まれています。先のほうに見えている淡い緑色のところには,萼の裏側が見えているのだと思います。

5月16日(2016年) 三ノ峠山

萼の色も木によってさまざまで,淡い緑色をしているものもありますし,淡い茶色や淡い赤褐色をしているものもあるようです。緑色をしている「とき」もあるし,茶色をしている「とき」もあるということではなく,その木ごとの個性なのだと思います。

蕾がもっとふくらんで,苞は,蕾から剥がれてきました。苞の下端は,もう花柄から離れていて,枯れた状態なのだろうと思います。

5月9日(2016年) 三ノ峠山

この葉っぱをクリックすると,みちに落ちていた「苞(鱗片,鱗片葉)」の内側を撮った写真〔2016年5月16日,三ノ峠山〕に替わります。
この葉っぱをクリックすると,みちに落ちていた「苞(鱗片,鱗片葉)」の外側を撮った写真〔2016年5月16日,三ノ峠山〕に替わります。

この葉っぱをクリックすると,やはり,みちに落ちているのを撮ったのですが,ちょっと変わった苞(鱗片,鱗片葉)」の写真〔2016年5月16日,三ノ峠山〕に替わります。苞の中肋(?)の先に,その正体がよく分からないのですが,小さい葉っぱが付いています。

苞が落ちて(右のほうに引っかかっています),蕾がすっかり姿をあらわしました。このときの蕾の表面は萼の裏側で,3枚の萼が重なりあって,それより内側にある「花びら,雄しべ,雌しべ」を包んでいます。

5月16日(2010年) 三ノ峠山

萼も開いて,卵のような蕾が見えてきました。このとき,ツボミの表面になっているのは花びら(の裏側)です。花びらの数は,この写真では数えようもありませんが,「6~9個」3)だということです。

5月9日(2016年) 三ノ峠山

萼が平らになるまで開いて,花びらがすっかり姿を見せています。1つまえの写真に写っている蕾よりも,花びらが緩んでいるように見えます。

5月9日(2016年) 三ノ峠山

左の写真と,その上の写真は同じ日に撮ったのですが,蕾の膨らみかた(綻びかた)がちがいますので,咲く日もちがってくると思います。

ホオノキの花は,いったん咲くと2-3日(長くても4-5日)で,雌しべ(というよりも子房)だけを残して落ちてしまいますが,ある日いくつかの花が咲いて,次の日にもいくつかの花が咲いてということをくり返し,大きな木ならばひと月ほども花を咲かせつづけます。

花びらの先が少しだけ開いている蕾のなかは,左の写真のようになっていました。

6月16日(2016年) 三ノ峠山

赤味がかった色をしているのが雌しべで,花軸の上のほうに付いています。太いヒゲのように見えるものの一つひとつが雌しべです。白い(元のほうだけは赤い)のが雄しべで,花軸の下のほうに付いています。

雌しべも雄しべも花軸に貼りつくように付いていて,花粉を受けとる準備も,花粉を出す準備も,まだ整っていないのだろうと思います。

この葉っぱをクリックすると,花粉を出したあとに花軸を離れ,みちに落ちていた雄しべの写真〔2016年5月16日,三ノ峠山〕に替わります。左の写真に写っている雄しべとは,面影がまったくというわけではありませんが,かなりちがう姿になっています。花軸には,赤いところの先端で付いていたのだろうと思うのですが,その跡は,見えるような見えないような,あまりはっきりとしたものではありません。
ホオノキの花は雌性先熟という咲きかたをして,花が咲いた1日目には雌しべだけが活動し,2日目には雄しべだけが活動するのだということです。雌しべが花粉を受けとる準備が整っているのは1日目だけ;雄しべが花粉を出すのは2日目だけというように仕事をする時間をはっきり分けて,できるだけ* 自家受粉しないようにする作戦のようでした。

下の写真(2枚)は,同じ木に咲いていた花ではありませんが,どちらも1日目(雌性期)の花の様子です。

ホオノキの雌しべは花柱と柱頭の境がはっきりせずに,花柱の先のほうの内側が柱頭として働いている(花粉を受け取ろうとしている)からだと思うのですが,花柱が外に向かって反り返っています。

6月5日(2011年) 三ノ峠山

5月19日(2016年) 長岡市学校町
萼も花びらも半分ほどしか開いていませんが,雌性期の花はこれくらいしか開かないものらしく,花が咲いた1日目には,ずっとこのような姿をしています。夕方になると花は閉じてしまい,夜のあいだは蕾のときのような姿に戻ってしまいます。

この葉っぱをクリックすると,1日目の夕方に閉じた花を2日目の朝に撮った写真〔2016年5月20日,長岡市学校町〕に替わります。花びらはほとんど閉じていますが,萼は1日目の昼間よりも大きく開いていました。

木にも個性というものはあるようで,そのことは,花にかぎらず,いろいろなところの色のちがいとしてよく出てくるような気がします(個性といっても,木の「1本ごと」のというよりも「家系ごと」のようなレベルだとは思うのですが)。上の2枚の写真でも左右の花のあいだには,萼の色はうす緑と淡い赤褐色,雌しべの色は淡いピンクと濃いピンク(ほとんど赤),花びらの色は白と,ピンクが注した淡黄色のようなちがいがあります。左の写真は自生のホオノキ,右の写真はヒトが植えたホオノキの花ですので,同じホオノキでも血筋としては,ずいぶんちがうのではないかという気がします。

* 自家受粉を避けるとはいっても,自分の雄しべが出した花粉を受け取らないようにするというだけで,同じ木に咲いたべつの花の花粉を受け取ってしまう可能性までは避けられない,ということになりそうです。

少しまえに読んだ本** には:

自家受粉で作られた種子の割合(自殖率)は8~9割にもなる

のだという説明がありました。

この割合は大きいようにも見えますが,花粉が運ばれてくる距離を:

自殖なら:
そのホオノキが枝を伸ばしている範囲のことで,10メートルとか十数メートルくらい
他殖だと:
そのホオノキからはずっと離れたところにあるホオノキまでの距離ということになり(あまり近いと,兄弟だったり親戚すじだったりということになりそうですので),少なくとも数十メートルから100メートルくらい

なのではないかと想像すれば,8~9割の自殖率(思惑どおりの受粉・受精ができるのは1~2割)というのも,なにか分かるような気がします。

** 清和研二: 樹は語る  芽生え・熊棚・空飛ぶ果実,築地書店,266pp., 2015. 7
下の2枚の写真は,これも同じ木に咲いていた花ではありませんが,どちらも2日目(雄性期)の花の様子です。

1日目に大きく反り返っていた雌しべは,蕾のときと同じように,花糸の内側(柱頭にあたる部分)を花軸に押しつけていますが,これは,花粉を受けとるという仕事を終えたあとの姿ということになりそうです。

雌しべが仕事を終えているのに対して,雄しべは「今日は(こちらの出番)」とばかりに広がって(広がっているだけではなく,伸びているようにも見えますが),花粉を出しているようでした。

6月5日(2011年) 三ノ峠山

5月20日(2016年) 長岡市学校町
雄しべは,雌しべの「花柱と柱頭」の境がはっきりしていないのと同じように,「花糸と葯」の境がどこにあるのかはっきりしない造りになっています。「境が(はっきりしない)」というよりも,葯らしい形をしたものが付いていない,というほうが当たっているような気がします。色を見ると(右の写真のほうが分かりやすいのですが),元のほうは赤く,先のほうが白くなっていて,白いところで花粉を作っているようでした。(その部分の形は葯らしくありませんが,葯がするのと同じ仕事をしているのだろうと思います。)

この葉っぱをクリックすると,雄しべに近づいて撮った写真〔2016年5月20日,長岡市学校町〕に替わります。雄しべの縁や筋のように浮きだしているところにポツポツと,なにやら白いものが付いているように見えますが,それが花粉なのかも知れません(あまり自信のない想像ですが)。

左の写真は,咲いて3日目の花の様子です。

5月21日(2016年) 長岡市学校町

ちなみに,長岡市学校町で撮った5月19,20,21日の写真は,ひとつの花が姿を変えてゆく様子になっています。

ホオノキの花が,花粉を受けとったり花粉を出したりという,花ならではの仕事をするのは2日間だけだということですが,3日目になっても,花びらや雄しべの形が乱れてはいても,まだ花らしい形を残していました。

雌しべは,2日目に蕾のときのような姿に戻ったままですが,雄しべのほうは「花粉さえ(出してしまえば)」ということで燃え尽きたらしく,開いたままの姿で,2日目にはまっ白だったのが茶色っぽくなっていました。

左の写真は上の写真と同じ日に,同じ木で撮ったのですが,1日か2日だけ早く咲いた(つまり,咲いてから4日目か5日目の)花だろうと思います。

5月21日(2016年) 長岡市学校町

すっかり生気がなくなって,「萼,花びら,雄しべ」は干からびた感じになっていますし,雌しべも,柱頭が花軸から離れて,バサバサした感じになっていました。このころになると,雌しべが仕事をする場所が子房に移っているからなのだろうと思います。(受粉してから受精するまでに,どのくらいの時間が要るものなのか,どこかで読んだような気がするのですが,思いだすことができません。)

これも,咲いてから3日以上たっている花だと思うのですが,上の写真〔2016年5月21日,長岡市学校町〕の花とは少し様子がちがい,上の写真では花びらは萎れているのに,雄しべは,まだほとんど落ちていない(花軸に付いている)のですが,左の写真では花びらは白いまま大きく広がっているのに,雄しべは半分以上が落ちて(花軸から離れて)しまっています。

5月9日(2016年) 三ノ峠山

この葉っぱをクリックすると,左の写真に写っている花と同じ木で撮った,やはり咲いてから3日目か4日目(もしかすると5日目)の「花」の写真に替わります。撮ったのは,左の写真を撮ってから5分とは経っていないときでした。花軸には,まだたくさんの雄しべが付いていますが,バサバサした感じになっていて,遠目に見ただけですので,どこまで確かなことかは分かりませんが,もう花粉を出してはいないように見えました。
この葉っぱをクリックすると,上の葉っぱにリンクしたのと同じようにして撮った写真〔2016年5月9日,三ノ峠山〕に替わります。こちらの雄しべはすっかり落ちてしまい,まったく残っていませんでした。

左の写真と,上の2枚の葉っぱにリンクした写真には,花軸に付いている(残っている)雄しべの数がちがう3つの「花」が写っていますが,雄しべの数のちがうのが,花が咲いてからの日数のちがいによるものなのか,それとも,咲いてからの日数は同じで,その花ごとの個性(というか,強さ)のちがいによるものなのか,どちらなのかは分かりません。

この葉っぱをクリックすると,3枚の写真をまとめて貼ったページに移ります。新しいウィンドウを開きます。

花が咲いてからの日数は,長めに見ても1週間ほどだと思うのですが,このような姿になってしまっては,花というよりも,まだ熟してはいませんが,もう実(果実)だと思って見たほうがよさそうです。

5月22日(2010年) 三ノ峠山

種(種子)を作るという仕事には少しも役にも立ちそうもない「萼,花びら,雄しべ」は,すっかりうち捨てられて茶色く萎びていますし,雌しべも,元のほう(子房)が種の生長につれてふくらんできたのに対し,上のほう(花柱や柱頭)は,もう用ずみということで,ただ付いているだけという感じになっていました。

左の写真には,三者三様に咲いている「花」が写っていますが,ほんとうに咲いている花(1日目の雌性期の花や2日目の雄性期の花)はないようです。

5月15日(2011年) 三ノ峠山

右上に写っているのは,まだ苞に包まれたままで,萼の色も見えていない蕾のように見えます。白い花が咲くまでに,あと1週間ちかくかかるのではないかという気がします。

左下には,まえの日に雌性期の花として咲き,その日に雄性期の花として咲こうとしている,2日目の花が,まえの日の夕方に花びらを閉じたままの姿で写っています。もしかすると,まだいちども咲いていない花(つまり,つぎの日に咲きそうな蕾)なのかも知れませんが,花びらの緩みかたは,すでに雌性期の花として咲いたあと,その日の夕方にもういちど花びらを閉じたもののように見えます。

その2つのあいだに,白い花びらを大きく広げて咲いている花がありますが,雄しべが付いていませんので,2日目に雄性期の花として咲いて(雄しべを広げて),そのあとに雄しべをすっかり落としたあとの,3日目か4日目の姿なのではないかと思います。とはいっても,2つ上と3つ上の写真〔2016年5月21日と2010年5月22日〕に写っている花のように,花びらが萎れたり,花びらの色が変わったりしていないのが不思議なところです - というよりも,このような咲きかた(もっと正確には,咲き「終わり」かた)をする花もあるのではないかという気がしてきました。

花が咲いて間もないころには実* は緑色で,子房のふくらみも小さかったのですが,この頃になると,実の一つひとつが大きくなって,果軸の表面をビッシリと被うようになっていました。

8月17日(2018年) 長岡市学校町

この葉っぱをクリックすると,枝から落ちてしまった青い実(集合袋果)の写真〔2011年7月10日,三ノ峠山〕に替わります。ここまで大きくなったのに,惜しいことをしたものだと思います。

落ちてしまった実の色は,左の写真に写っている実の色に較べるとずっと青くて,左の写真の実よりもずっと「若い」うちに落ちてしまったように見えます。ホオノキの実の色は,青かったものが,黄色をへて赤く変わってゆくようです - このような代わりかたって,よくあるもののようですが。

* ホオノキの実は袋果(たいか)というタイプで,それがたくさん集まって集合袋果という,実のかたまりになります。袋果は「1心皮からなり,向軸側あるいは背軸側のどちらかで縦裂する」4)のだということですが,2つ下の写真〔2009年9月21日,八方台(見晴尾根)〕で,実の外側から赤い種が見えているのは,背軸側で裂けたことを示しているのだと思います。ホオノキの袋果が背軸側で縦裂するのは,果軸の回りに群がるような集合果を作るからという都合もあるのだろうと思います。

実(集合袋果)の表面が赤くなってきました。

8月8日(2009年) 八方台(見晴尾根)

左の写真には,上の写真に写っているのと同じ実の,3週間ほどあとの姿が撮れました。大きさや形の変化はわずかですが,色がずいぶん変わってきました。

8月30日(2009年) 八方台(見晴尾根)

ホオノキの実は大きさといい色といい,日本にあるものとは思えないような豪快さ(?)があります。

左の写真は,上の2枚の写真の写真のつづきですが,上の写真を撮ってから3週間ほどの間ができてしまい,実の様子もすっかり変わっていました。

9月21日(2009年) 八方台(見晴尾根)

実(袋果)は裂けて黒くなり,実のなかにあった赤い種子はほとんどは落ちたあとでした。種子の色(赤)は,仮種皮の色だということです3)

上の写真〔8月30日〕と左の写真〔9月21日〕のあいだには,もう1枚か2枚の写真が欲しいところですが,残念ながら取り損なったようでした(ずいぶん「昔」のことで,どのような成りゆきだったのかを思いだすことができません)。それからも「続きものに(してみたい)」と思ってはいたのですが,なぜかよいモデルに恵まれず,ずっとできないままになっています。



1) 山本敏夫: 新潟県野草図鑑<Ⅰ>,新潟日報事業社,321pp., 1998(改装版第2刷)
2) 山本敏夫: 新潟県野草図鑑<Ⅱ>,新潟日報事業社,307pp., 1998(改装版第2刷)
3) 山本敏夫: 新潟県樹木図鑑,新潟日報事業社,302pp., 1999(改装版第2刷)
4) 清水建美: 図説 植物用語事典,八坂書房,323pp., 2010(初版第6刷)

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